3次元で歌詞を読む

曲の歌詞の持つ意味を自己流で深読みして解釈しています。


引っ越しします 


 


 このサイトを開設して4年。これまで200以上の曲を取り上げてきました。『歌詞』を取り扱う上で、どうしても著作権の壁が立ちはだかります。

 著作権等の法律に疎い私でも、さすがに歌詞をまるまる貼るのは問題あるだろうという意識の元に歌詞全編は歌詞サイトの外部リンクを貼って、まるまる載せるのは避けてきました。

 それでも、歌詞の意味を深読みすると、フレーズの一部を載せないとどうしても文章の辻褄が合わない場合があります。その際も「」で括ったり、フォントの色を変えたりして、ちゃんと引用だと分かるようにしてきました。

 これだけ気を使えば大丈夫だろうと、ある意味、高をくくっていたのですが、確かに限りなく黒に近いグレーゾーン(笑)

 ここ最近、JASRACによる著作物の取り扱いの締め付けが厳しくなり、音楽教室で練習の為に使用する楽曲に対しても著作権料を請求するというニュースもありました。

 その辺りの事情を鑑みたのでしょう。FC2さんにより、このサイトの一部の記事が凍結され閲覧不可になりました。

 問題になりそうな箇所を修正して書き直そうかと思ったのですが、凍結を恐れながらの小細工するのも虚しく、自分の書きたい文章も書けなくなります。


 そこで、歌詞の引用OKのブログサービスに引っ越す事にしました。


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 心機一転、これからもよろしくお願いします。

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『いちご白書』をもう一度 


 

 『いちご白書』をもう一度 歌手:バンバン 作詞:荒井由実

 歌詞はこちらで。

 1975年8月リリース、バンバン5枚目のシングル。バンバンとしては唯一のオリコン1位獲得曲です。作詞・作曲は荒井由実(松任谷由実)。ヒット曲に恵まれず行き詰まっていたばんばひろふみがユーミンの曲に感銘を受け、伝を頼ってユーミンに辿り着き、書いてもらった曲だそうです。

いちご白書をもう一度


 タイトルにある『いちご白書』は1970年に公開されたアメリカ映画で、1968年にコロンビア大学で実際に起こった学生紛争をもとに制作されたものです。

 昔恋人と観に行った映画に再会した男が、過ぎ去った学生時代を思い出しノスタルジックな気持ちになるという歌詞。ドラマチックで分かりやすい内容なだけに、色々な方がブログ等で様々な批評をされているのを見かけます。

 その中で、特に多い気がするのが2番のサビの部分に対するツッコミ。

就職が決まって 髪を・・・

 「先に髪を切ってからの就職活動だろ」「順番が違う」との意見を良く見かけます。確かに歌詞をそのまま見れば真っ当な意見です。しかし、あの天下のユーミンがそんな迂闊なミスをするでしょうか。

 個人的にどうしても納得がいかず、何度も何度もこのフレーズを反芻してみました。すると自分の中である解釈が出てきたのです。

 『就職が決まって』は正確に言うと『就職する事が決まって』だと思います。時代はちょうど『いちご白書』が公開された1970年。オイルショック直前、戦後高度経済成長の最後の頃です。日本もまだまだ好景気でイケイケだったと思われます。

 そんな中で、主人公の男性も最初から大学卒業後には親族、もしくは知り合いの会社に就職する事が決まっており、それに抗うように大学の4年間は、学生集会に出かけたり、ヒッピーの真似事をしていたのではないでしょうか。

 しかし自らの運命には逆らえずに、大学卒業間近になって観念し、決まっていた就職先に行く為に髪を切ってきた。

 自由を謳歌していると思っていた学生時代は、実は期間限定の幻のようなものであり、その時に付き合っていた恋人もその中のひとつに過ぎなかった。現実の壁を打ち破る勇気がなかった主人公が、歯がゆい気持ちと悔しい気持ちの中で出た言葉が『もう若くないさ』という言い訳だったと思います。

 もし就職活動の為の散髪だったなら、本人の就職したいという意思や希望が入っていますが、すでに決まっていた就職の為の散髪だとすると、そこにあるのは喪失感敗北感だけではないでしょうか。

 だからこのフレーズは、「順番が…」とツッコミを受けるような単純なものではなく、主人公の境遇や気持ちが読み取れる深いものだと思うのです。だって天下の荒井由実ですよ(笑)


 当時の学生にあった社会への反発や自由へのあこがれの象徴が長髪であり、それを切る事は、ある意味相撲の『断髪式』のようなケジメのような行為だったと思います。

 果たして、この主人公はそこで自分の青春時代にちゃんと決別できたのでしょうか。答えは“否”だと思います。

 最後のフレーズ…二人だけの・・・ どこかで・・・

 昔の恋人にも懐かしい映画を観る事で自分の事を思い出して欲しい。今を生きてはいても、心のどこかに蘇る甘酸っぱい記憶を忘れないでいて欲しいという願望が見える気がします。「青い」と分かってはいても、抑えられないもどかしさ。

 人は多かれ少なかれ、誰しもそんな想いを抱えています。その琴線に触れたのもオリコン1位を獲得した理由のひとつだと思います。




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category: 70年代後半

thread: 歌詞 - janre: 音楽

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飛んでイスタンブール 


 

 飛んでイスタンブール 歌手:庄野真代 作詞:ちあき哲也

 歌詞はこちらで。

 1978年4月リリース、庄野真代5枚目のシングル。オリコンチャートのトップ10入りをし、庄野真代の最大のヒット曲になりました。

飛んでイスタンブール



 この曲に関しては様々な解釈があります。地名がタイトルや歌詞の中に入ってる事から、恋に破れた女性のセンチメンタル・ジャーニーを謳ったものだというものや、実際のイスタンブールには砂漠は無いので、いわゆる『無国籍ソング』という言われ方もしています。久保田早紀の『異邦人』も同じカテゴリーで括られる事が多いですね。

 しかしよくよく歌詞を読んでみると、主人公の女性のセンチメンタル・ジャーニー説に対して「んんっ?」と疑問が出て来るのです。傷心の女性の姿を描いたものというのに異論は無いのですが、果たしてそれは恋に破れたからでしょうか。

 女性は相手への想いを“ジタンの空箱をひねる捨てるように諦めきれる”と言っています。更に自分に言い聞かせるように“恨まないのがルール”とも。つまりこの男女はお互いに割り切った一夜限りの関係だったのではないでしょうか。彼女にとってこの関係は、タバコの空箱を捨てるくらいに簡単に終わらせるものだったのです。

 そんな彼女のドライな感情を裏付けるフレーズが、2番に出てくる“出会ったことも 蜃気楼 真昼の夢”“どうせフェアリー・テール(おとぎ話)”だと思います。

 だからこの曲は、恋に破れた女性の傷心旅行ではなく、恋多き女の奔放な姿を描いたものではないでしょうか。そうなると、曲の最後にあるフレーズ“夜だけの パラダイス”は彼女が求める一夜限りの快楽を表したもののように思えてきます。

 この曲が書かれたのが70年代後半。今と比べて、恋に自由奔放な女性に対する世間の理解は低かったと思います。作者は生々しい内容になってしまうのを避ける為に、イスタンブールという地名を入れ『無国籍ソング』化する事でオブラートに包んだのではないでしょうか。

 ここまで深読みして見て、もう一歩深読みしてみると(笑)、この女性は本当にセンチメンタル・ジャーニーでイスタンブールを訪れたのかもしれません。でも彼女の傷心は恋に破れたのではなく、一夜限りの恋を続ける自分に虚しさを感じてのものではないでしょうか。自由奔放な自分、それを客観的に見つめる自分。イスタンブールに無い筈の砂漠は、彼女の心の中の乾いた部分を表現しているのかもしれません。



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category: 70年代後半

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