3次元で歌詞を読む

曲の歌詞の持つ意味を自己流で深読みして解釈しています。


Squall 


 

 Squall 歌手:松本英子 作詞:福山雅治

 歌詞はこちらで。

 1999年9月リリース、松本英子2枚目のシングル。作詞・作曲の福山雅治主演の月9ドラマ「パーフェクトラブ!」の挿入歌。又、福山本人もセルフカバーして同年の11月にリリースしています。

Squall

 最初は歌っている歌手も誰の作品であるかもまったく知らないフラットな状態で、ラジオから流れるこの曲を聴きました。その時に感じたのは「あれ?これって80年代の曲のリメイク?」という事でした。

 きっと松本隆-筒美京平作品の曲を新人女性歌手が歌ってるに違いないと思いました。耳障りのよいメロディが筒美京平作品かどうかは別として、歌詞の中に散りばめられたフレーズの多くが、80年代の曲の世界観が見えてくるのです。

 タイトルのSquallは松田聖子のファーストアルバムタイトルと同じ。

 「汗をかいたアイスティー」「撮りすぎたポラロイド写真」のようにアイテムに主人公の心情を投影させる手法は松本隆作品そのもの。

 「ちょっと大きなあなたのシャツ 通した袖をつまんでみた」は中森明菜の「セカンドラブ」の「あなたのセーター 袖口つまんでうつむくだけなんて」を彷彿させます。

 そして「あんなふうに ハシャいだから 帰り道は さみしくなるよ」はサザンオールスターズの「恋はお熱く」の「早いものね もう日が暮れてきたわ 帰り道がつらい」のフレーズが浮かんできます。


 後にこの曲が福山雅治作品だと知って、納得しました。年齢的に感受性豊かな10代の頃に聴いた音楽のフレーズが浮かび、それらがいい意味でインスパイアされ生み出されたのではないかと。実際にこれらのフレーズから主人公の女性のトキメキや切なさが良く伝わってくるのです。

 若い年代の人には繊細な女心を表現した歌詞が新鮮に感じ、同世代の人間には自分自身の恋をしていた青春時代の記憶が蘇り、懐かしいような不思議な気持ちになります。

 それは福山雅治自身の80年代に活躍したミュージシャンやクリエーターに対するリスペクトが伝わってくるからではないでしょうか。

 誰しも心の中に「夏の憧れ」を持っているのです。


 それから私の勝手な推測ですが、この曲は福山にとって他のシンガーへ初の楽曲提供という事から、松本隆-松田聖子路線を若干意識した部分もあったのかなと思います。



ランキング参加中。ポチっとお願いします。

人気ブログランキングへ
ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

category: 90年代後半

thread: 歌詞 - janre: 音楽

tag: Squall    松本英子  福山雅治  80年代  リスペクト 
tb: --   cm: --

△top

関連コンテンツ

 

△top

ロビンソン 


 

 ロビンソン 歌手:スピッツ 作詞:草野正宗

 歌詞はこちらで。

 1995年4月リリース、スピッツ11枚目のシングル。この曲の大ヒットでスピッツは一気に世間に認知されてメジャーバンドになりました。

 聴く側の年齢層が高くなると、最新の音楽事情について行けなくなり、どちらが曲名でどちらがバンド名(歌手名)か分からない現象がよくあります。その走りがこの曲のヒットだったと思います。当時の年配者はスピッツロビンソンなのか、ロビンソンスピッツなのかで頭を悩ませたのです(笑)

ロビンソン

 “スピッツロビンソン現象”が起きた大きな原因はタイトルの分かりにくさだと思います。ロビンソンという固有名詞に一体どんな意味があるのか、曲を聴いてもさっぱり分かりません。

曲名は、作曲者の草野マサムネがタイを旅行した際に印象に残っていたというロビンソン百貨店から命名されたもので、制作時の仮タイトルだったものがそのまま正式名称に採用されたが、楽曲そのものとは関連性はなく、歌詞中にも「ロビンソン」というフレーズは一切登場しない。
(出典:ウィキペディア)

 ウィキペディアで調べるとこのような記述もあり、歌詞に関連するような直接的な意味はないようです。


 歌詞を読み込んでみると、現実逃避をする男の物語のような解釈ができます。各コーラスのAメロで実社会で辛い生活を強いられている姿が表現されています。


 (1コーラス目)

 新しい季節は なぜか切ない日々で 河原の道を自転車で 走る君を追いかけた

 思い出のレコードと 大げさなエピソードを 疲れた肩にぶらさげて しかめつら まぶしそうに


 新しいスタートを切ったのに、なかなか思うように行かない暮らし。ここで出てくる「君」は心の中から客観的に見ている自分の事だと思います。思い出の品と楽しかった頃にすがり、ため息を付く毎日を送っているのでしょう。


 (2コーラス目)

 片隅に捨てられて 呼吸をやめない猫も どこか似ている 抱き上げて 無理やりに頬よせるよ

 いつもの交差点で 見上げた丸い窓は うす汚れてる ぎりぎりの 三日月も僕を見てた


 捨てられて、弱り死を迎えつつも呼吸を続ける野良猫。世間から捨てられて精神的に瀕死状態の自分に投影させています。

 交差点で見上げる丸い窓とは、様々なしがらみで窮屈な今の自分の環境の事をいっているでしょう。視野が狭くなった彼は大きな空を見渡せず、ギリギリの三日月がわずかに見えるだけなのです。


 そんな辛い毎日で彼の意識は内に内に向かっているのではないでしょうか。

 誰も触れない 二人だけの国

 二人とは前述したように客観的に見ている君である僕と、心の中の僕の二人だと思います。誰にも邪魔される事のない、自分の中に存在する世界。そこに彼は逃げ込んでいってるような気がするのです。


 しかし単なる現実逃避ソングだけでは終わらないのが、最後のフレーズです。

 大きな力で 空に浮かべたら ルララ 宇宙の風に乗る

 今は沈んでしまっている自分も何かのきっかけで浮上する事ができるはずだという解釈ができないでしょうか。

 特に「ルララ」というスキャットが、悲壮感を消してくれてます。自分の力で這い上がってやる!のような熱血ド根性的なものではなく、「なんとかなるよ~」とちょっと能天気なフワフワ感を漂わせてるのです。


 ここまで解釈してみると、タイトルの「ロビンソン」にも本当はちゃんとした意味があるのじゃないかと探りたくなってきました(笑)

 まず思い浮かぶのが、ロビンソン・クルーソー。有名な冒険小説の主人公ですよね。

 そして、歌詞に出てくる宇宙というワードから連想するのが古いアメリカドラマ「宇宙家族ロビンソン」。これも未知の宇宙へ飛び出した家族の冒険ストーリーです。

 タイトルに冒険の意味が込められているとすれば、ただの引きこもりソングではなく、心の中の高いステージへ意識を持っていく壮大なテーマが隠されているという解釈もできます。


 でも、色々考えるよりもミディアムテンポのリズムと心地よいメロディを楽しんだほうがいい曲ですよね(笑)



ランキング参加中。ポチっとお願いします。

人気ブログランキングへ
ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

category: 90年代後半

thread: 歌詞 - janre: 音楽

tag: ロビンソン  スピッツ  草野正宗  現実逃避  冒険 
tb: 0   cm: 0

△top

関連コンテンツ

 

△top

スポンサーリンク