3次元で歌詞を読む

曲の歌詞の持つ意味を自己流で深読みして解釈しています。


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三枚の写真 


 

 三枚の写真 歌手:三木聖子 作詞:松本隆 

 歌詞はこちらで。

 1977年1月リリース、三木聖子3枚目のシングル。1981年には石川ひとみによるカバーシングルがリリースされています。2歳年上の恋人との想い出を、手元に残った3枚の写真で回顧する女性の心情を描いた歌です。

 
三枚の写真


 1枚目の写真が1コーラス目。彼女が16歳で彼が18歳。夏の楽しい浜辺での風景です。この時は屈託のない二人の笑顔が想像できます。

 2枚目が2コーラス目。1枚目から1年後の秋。17歳の彼女と19歳の彼がひんやりとした谷川で過ごしていますが、二人の間に影を落とすような描写が…

目かくしをした あなたの腕に 冷たいねって 涙おとした

 これは水の冷たさではなく、彼の心の中にある冷めた感情の事を言っているのだと思います。二人で出かけていても、彼の気持ちがどこか別の方向を向いている事に彼女は気付き、思わず涙がこぼれてしまったのでしょう。

 そして3枚目の写真が3コーラス目かと思いきや…

20才(はたち)の私 あなたは22 写真の春に あなたはいない

 この場面では写真は存在していないのです。しかし、最後のフレーズでは

過ぎた月日が 残したものは あゝ三枚の 写真だけです

 写真は3枚あると謳っています。ではこの3枚目の写真はどんな情景で、どんな二人が写っているのでしょうか。

 ここで注目したいのは、時間の経過です。彼女の年齢が1コーラス目は16歳。2コーラス目がその1年後の17歳。3コーラスでは3年が経過して20歳になっています。3枚目の写真があるとすれば、流れからして18歳の冬ではないかと思うのです。

 その18歳の時に何があったのか…彼との別れではないでしょうか。その写真を写してから二人は別れた。ここでどんな会話が交わされて、どんなシチュエーションだったのかは、この歌の中には描かれていません。

 しかし、別れる事になった理由は、私は彼の心が離れてしまったからだと思います。そう推測されるのは、サビのフレーズからです。

 1コーラス目と2コーラス目。

ねえ 目をそらさずに 目をそらさずに 好きって言える

 デートの最中の彼女から彼への問いかけです。1コーラス目は、ただただハッピーな二人なので、気持ちを盛り上げる為の確認に過ぎませんが、2コーラス目では、気持ちが離れかかった彼へ、彼女が欲している保険のような確認に感じるのです。

 彼はこの問いかけを束縛のように感じて、重くなり完全に気持ちが離れてしまったのではないでしょうか。彼女はその事に気付くまでに要した時間が、2コーラス目から3コーラス目の3年間だと思うのです。

 3年が過ぎ、やっと彼女も冷静に想い出と向き合えるようになった。だからこその3コーラス目のサビではないでしょうか。

ねえ 目をそらしても 目をそらしても いいのよあなた

 彼女は彼を苦しめていた事が分かり、辛い想い出だった3枚目の写真もやっと直視できたのだと思います。


 物語の組み立てに『起承転結』というものがあります。この歌に当てはめるなら、1枚目の写真が『起』、2枚目が『承』、そして大きく動く『転』となる3枚目の情景を敢えて描かずに、3年後の『結』に飛んでいます。だからこそ、聴き手が想像を巡らせて、それぞれの『転』を作り上げる事ができるのでしょう。


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category: 70年代後半

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tag: 松本隆  三木聖子  三枚の写真  石川ひとみ 
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僕にまかせてください 


 

 僕にまかせてください 歌手:クラフト 作詞:さだまさし

 歌詞はこちらで。

 1975年4月リリース、クラフトのセカンドシングル。日本テレビ系ドラマ「ほおずきの唄」の主題歌。作詞・作曲は当時グレープのメンバーだったさだまさし。後にグレープもセルフカバーしています。

僕にまかせてください

 結婚を間近に控えた男女が、女性の亡き母の墓前に報告をするシーンを描いた歌です。お母さんが故人であるにしても、結婚するのはおめでたく嬉しい事。それなのにこの曲全体からは幸せ感よりも、切なさ感のほうが強く伝わってきます。悲しげなメロディーのせいでしょうか。それだけではないような気がします。

 その事をずっと疑問に感じていました。最近、この曲がUPされている動画サイトのコメント欄に「お父さんは?」という若干ツッコミっぽい意見が投稿されていました。言われてみれはこの曲の中にお父さんは登場しません。何故だろうと考えて歌詞を読んでいくとある背景が見えてきました。

 キーになるフレーズがいくつかあります。

 まずは1番のBメロ “きみのかあさんが眠っている ささやかな石のまわり”

 なぜここで「墓石」という言葉を使わずに「石」と言っているのでしょう。恐らく「墓石」と呼ぶには粗末なものなのかもしれません。先祖代々の墓ではなく、そこに眠っているのは彼女のお母さん一人。お母さんは実家から縁を切られた存在なのではないでしょうか。母一人、子一人の家庭で、お母さんは亡くなり、残された彼女が作ったお墓。経済的な理由から質素なお墓だったのかもしれません。

 では、何故お母さんは実家から離縁され、彼女と母一人、子一人だったのでしょう。考えられるのは、彼女のお父さんは妻子ある男で、お母さんは愛人だった。そして彼女を身ごもり、実家の親から産む事を反対された。しかし周りの反対を押し切り、お母さんはひとりで彼女を産んで育てたのではないでしょうか。

 それを表しているのが2番のBメロ。

 “そして僕が大切にしてる 陽だまりのような人

 それもそっと きみのかあさんが 残してくれたもの”


 実家の両親や、もしかしたらお父さんであるはずの男からも産むのを反対され、中絶を強要されたのかもしれません。お母さんはそれらに屈する事なく、彼女の命を育んで残してくれたのです。


  “集めた落ち葉に火をつけて きみはぽつりとありがとう”

 2番と繰り返しサビのフレーズです。この彼女の「ありがとう」には色々な意味が含まれていると思います。

 私を選んでくれてありがとう。お母さんのお墓参りに来てくれてありがとう。そしてなにより、複雑な過去や生い立ちを理解して、それらを含めて愛してくれる彼の包容力に対しての「ありがとう」ではないでしょうか。


 作者のさだまさしは当初この曲のタイトルを「彼岸過迄」(ひがんすぎまで)にしていたそうです。しかしそれだとイメージが暗すぎるとディレクターに指摘されて「僕にまかせてください」に変更したといいます。もし、私の解釈が当たっているなら、曲自体が重いドラマを含んでいるので、せめてタイトルだけは少しでも明るいものにという意向があったのかもしれませんね。



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