3次元で歌詞を読む

曲の歌詞の持つ意味を自己流で深読みして解釈しています。


雪の華 


 

 雪の華 歌手:中島美嘉 作詞:Satomi

 歌詞はこちらで。

 2003年10月リリース、中島美嘉10枚目のシングル。今世紀に入って発表された中で「冬の歌」の定番と言えばこの曲を思い出す人が多いと思います。

 徳永英明はじめ数多くのシンガーにカバーされ、中には森山良子という超ビッグネームも!カラオケランキングでも毎年冬になると上位に食い込む曲です。

雪の華

 何故、この曲がそんなに支持されているのか。確かに切ないメロディーのバラードで胸に響いてくるものがありますが、私は一番の理由は歌詞にあると思います。

 季節を表す美しい表現に日本人独特の奥ゆかしさが垣間見えるのです。その辺りが若者だけではなく、幅広い年代の人の気持ちに届いたのではないでしょうか。


 のびた人陰(かげ)を舗道にならべ 夕闇のなかを君と歩いてる

 手をつないで いつまでもずっと そばにいれたなら 泣けちゃうくらい


 手を繋いで歩く若いカップル(恐らく10代)が目に浮かびます。時間の制限があり長くは一緒にいられない。でも、ずっと一緒にいたいという気持ち。誰しもが経験したティーンの頃の切ない気持ちがグッと甦ってきます。

 Aメロを聴いただけで、一気にノスタルジックになる大人がいます。ここに(笑)


 風が冷たくなって 冬の匂いがした そろそろこの街に 君と近付ける季節がくる

 そしてこのBメロ部に曲のテーマが隠されている気がします。「日本人の照れ文化」です。

 最近はそうでも無くなってきましたが、欧米人に比べ日本人は、人前で恋人と仲良く寄り添う事ができない人種ですよね。

 この歌詞に登場する二人もそうなのでしょう。寄り添いたいけど寄り添えない。照れが邪魔をするのでしょう。

 だけど、そこに寄り添うべき理由があればどうでしょうか。「冷たい風」「寒さ」等です。「君と近付ける季節」が大義名分になり、二人は寄り添う事ができるのです。

 同じようなフレーズが昔の曲にも登場します。

 僕が照れるから 誰も見ていない道を 寄り添り歩ける寒い日が 君は好きだった

 冷たい風が二人の身体すり抜け いつまでも いつまでも 離れられなくさせるよ

 
 上はオフコースの「さよなら」。下は尾崎豊の「OH MY LITTLE GIRL」。
 
 二つとも寒さを言い訳にして寄り添う恋人達の情景を表しています。「日本人の照れ文化」を歌った昭和の曲がすり込まれた大人だから「雪の華」の歌詞は心に響くのかもしれませんね。


 今年、最初の雪の華を ふたり寄り添って 眺めているこの瞬間(とき)に 幸せがあふれだす

 雪を、まるで華を愛でるように見ている二人。それは単に降雪という自然現象ではなく、神聖で幻想的なものなのです。美しいものを鑑賞する事で、気持ちが浄化され幸せを実感しているのでしょう。


 舞い落ちてきた雪の華が 窓の外ずっと 降りやむことを知らずに 僕らの街を染める

 2番の歌詞で、積もり始める雪。雪は街を真っ白に染める事で、リセット作用がある気がします。色々と邪念が生じた人の心も素直にしてくれるかのように。

 甘えとか弱さじゃない ただ、君とずっと このまま一緒にいたい 素直にそう思える

 好きな相手への想いが行き着く先は何も難しい事ではなく「一緒にいたい」というものなのでしょうね。心まで真っ白に染めてくれる雪のパワーなのです。


 この街に降り積もってく 真っ白な雪の華 ふたりの胸にそっと想い出を描くよ

 これからも君と ずっと…


 雪によって素直になれた恋人達。真っ白に染められた街というキャンパスに、二人の想い出を描いていくのでしょう。



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粉雪 


 

 粉雪 歌手:レミオロメン 作詞:藤巻亮太

 歌詞はこちらで。

 2005年リリース、レミオロメン通算8枚目のシングル。沢尻エリカ主演のフジテレビ系テレビドラマ「1リットルの涙」挿入歌。

 伸びのあるボーカルが歌い上げるサビが印象的なナンバーです。カラオケでよく歌う人を見ますが、未だに上手に歌い上げる人と出会った事がありません(笑)

 2000年以降に発売された雪や冬をテーマにした曲では最もポピュラーな曲ですね。

粉雪

 歌詞に登場する男女は恐らく、関係がギクシャクしている恋人同士でしょう。

 今の二人を表しているのが1コーラス目のAメロです。

 粉雪舞う季節はいつもすれ違い

 人混みに紛れて同じ空見てるのに 風に吹かれて 似たように凍えるのに


 倒置法を使って、二人の間にある距離感を強調しています。同じ方向を見ているようでも、同じ感じ方をしているようでも、確実にすれ違っているのです。

 それでも一億人から君を見つけたよ 根拠はないけど本気で思ってるんだ

 些細な言い合いもなくて 同じ時間を生きてなどいけない


 「運命的な出会いをした二人だからこそ、そこでちゃんとお互い胸の内をぶつけ合って理解したい。」という男の言い分ですね。

 関係が中々修復できずに男は煮詰まってしまっているようです。サビの部分は藁にもすがる思いで空を見上げた男の気持ちだと思います。

 粉雪 ねえ 心まで白く染められたなら 二人の孤独を分け合う事が出来たのかい

 雪で真っ白に染めるように、心をリセットできたらもっと距離を縮める事が出来るのに・・・という思いでしょうね。


 でも男は自分の言っている事がひとりよがりな事だと分かっているんですよね。

 分かり合いたいなんて 上辺を撫でていたのは僕の方

 君のかじかんだ手も 握りしめることだけで繋がってたのに


 色々難しく考える事で二人の間に距離を作っていたのはではないでしょうか。単純に触れ合うだけで、心の繋がりを確認できたのかもしれないのに。


 粉雪 ねえ 心まで白く染められたなら 二人の孤独を包んで空にかえすから

 男女間の出来事は難しそうに見えてもストレートに想いを伝えられれば、案外単純なのかもしれませんね。


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僕のギターにはいつもHeavy Gauge 


 

 僕のギターにはいつもHeavy Gauge 歌手:長渕剛 作詞:長渕剛

 歌詞はこちらで。

 1984年6月リリース、長渕剛6枚目のアルバム「HEAVY GAUGE」に収録されたナンバー。ワルツのリズムで淡々と歌い上げる味のある曲です。

 HEAVY GAUGE(ヘビーゲージ)とはアコースティックギターの弦の種類。ライトゲージ、ミディアムゲージと順に硬くなりヘビーゲージは最も硬い弦になります。初心者は指が痛くて抑えられない程ハードな弦なのです。音質もハードで骨太なサウンドを出すにはピッタリの弦です。 

僕のギターにはいつもHeavy Gauge

 歌詞に登場する人物は恐らく長渕自身。置かれた環境をそのまま歌にしたものと思われます。

 80年代前半。音楽もお洒落でライトなシティポップスが持てはやされた頃であり、どちらかというと泥臭い長渕の曲は反主流派に置かれていた気がします。

 そんな自分の音楽、生き方をギターの弦に例えて、時代が「ライト」や「ミディアム」であっても迎合する事無く、「ヘビーゲージ」だという意志を表した曲です。

 でも長渕自身も大きく揺れているんですよね。30才を目前に、このままでいいのだろうかという不安が見え隠れしています。

 東北ツアーを終えて自宅へ帰るまでの行程で、頭の中によぎる様々な思いが歌詞の中に登場します。


 1コーラス目は東京行きの列車の中にいる長渕。

 走り出す駅のこわれたベンチ ネコをだきしめる老人を見た

 他人事のように煙草をふかす 他人事のように週刊誌をめくる


 列車の窓から見える田舎の駅にありがちな風景。まったく他人事だけど、そこにも存在するひとつの人生。

 そんな僕 ふと自分の人生のすき間を手でおおいたくなる

 ふいにその老人に自分を投影させて、それまでの人生を振り返ってしまいます。誰しも過去を思い起こせば、手で覆いたくなるような事があるものです。

 2コーラス目でその核心に触れます。

 考えてみると 今までの僕は 情熱と挫折のくりかえしだった

 でもいつからだろう 無関心ばかりを装うことを覚えたのは


 がむしゃらに生きて来たが故に、情熱と挫折を繰り返してきた過去の自分。でも気が付けば無関心を装う楽な生き方をしてしまっている最近の自分。

 恋も欲しいし富も欲しい 優しさも欲しいし冷たさも欲しい

 手にしたものと なくしたものが いつもうしろめたさを連れてくる


 ミュージシャンとして成功するに連れて、色々な欲が出てきたのでしょうね。これは人間として仕方がない事かもしれません。うしろめたさは事なかれ主義的に物事に無関心になってしまった自分に感じていたのでしょうか。


 そして3コーラス目で出会った子供に大人のズルさを教える長渕。

 知恵をつけなさい 人をけおとすために 思わず僕は言葉を送った

 やっぱりこの僕も年をとったみたいだ 汚れた窓には僕がうつっていた


 窓の汚れは心の汚れを表しているのでしょう。


 3コーラスまでに自分の恥部を吐き出した長渕。

 でも 僕のギターにはいつも ヘビーゲージ

 サビの締めでは「でも」という逆接の接続詞を使っているのがポイントです。

 長渕にとってギターは神聖な存在なのでしょう。そのギターにヘビーゲージを張っている限りは、心底まで腐っちゃいないよという叫びに聞こえます。


 4コーラス目で、彼は新たな生き方を模索します。

 思いを巡らせているうちに、自宅へ向かう車の中。窓から見えるのは高層ビルの間を歩く人の群れ。

 ビタミン剤をたらふく飲んでる 人の群れが時間を泳ぐ

 体にムチを打ちながらも時間に追われている現代人。そんな彼らを見ていると「希望」とはガラス細工みたいに脆いものなんじゃないだろうかという思いにかられる長渕。

 ああ希望がいつもガラス細工なら こわすことから始めてみようか

 彼は常識をぶち壊す事が、これからの生き方の突破口になるのかもしれないと思ったのです。

 それより胃の調子がきょうも良くないんだ

 体を騙し騙し生きているビジネスマン達と同じく、長渕も手負いなのです。

 だから 僕のギターには いつもヘビーゲージ

 最後は「だから」という順接の接続詞を使っています。ビジネスマンにとってのビタミン剤が長渕にはヘビーゲージの弦なのです。

 心を奮い立たせ、覚醒させる存在なのかもしれませんね。


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