3次元で歌詞を読む

曲の歌詞の持つ意味を自己流で深読みして解釈しています。


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  歌手:竹内まりや 作詞:竹内まりや

 歌詞はこちらで。

 1987年11月リリース、竹内まりや16枚目のシングル。元々は中森明菜のアルバムの中の1曲として提供された曲ですが、色々な事情があり、竹内まりや自身がセルフカバー。後にファン投票で1位を獲得した彼女の代表曲になりました。

 歌詞の内容に一部、解釈が難しい箇所があり、元々はそれをあーでもない、こーでもないと推測して別の場所に書いたのが、このブログを始めたキッカケになった曲です。101曲目のスタートとして取り上げさせてもらいます(笑)

駅

 昔の恋人を偶然で見かけて切ない気持ちになっている女性の歌です。

 彼女の心理状態が線路に揺られる列車のように淡々と綴られています。


 1コーラス目で昔の恋人を偶然見かけた彼女。

 が降る夕暮れの。見覚えのあるレインコートと颯爽とした足どりから元彼である事を確信します。彼女は今の自分の状況を伝えたかったけど、こみ上げてくる『苦い思い出』の為に躊躇してしまいした。苦い思い出という事から、この2人はいい別れ方をしなかったと推測されます。


 2コーラス目で舞台はから電車の中に移ります。

 二人は今、それぞれの生活を築いている事がわかります。再会に気付かなければ、何事もなく互いに待つ人がいる場所に帰っていくのです。


 そして、ひとつ隣の車両に乗って涙がこぼれそうになりながら、元彼の横顔をずっと見つめる彼女。そこで別れた時には解らなかった、ある事に気付きます。

 『私だけ愛してた事』に気づく彼女…

 ここが一番解釈が難しいフレーズなのです。この「私だけ愛してたことも」の意味が2通りに取れてしまいます。

 ①彼が愛していた女性は私だけだった。

 ②彼との付き合いの中で愛していたのは私のほうだけだった。

 なにかヒントは無いかと、歌詞を何度も繰り返して読んでみて、ある事に気付きました。1コーラスの歌詞の中に「あなたがいなくても 元気で暮らしていることを さり気なく 告げたかった」という部分。

 もし彼女が元彼に全く愛されていなかったとしたら、こう思うでしょうか。気持ちが一方通行だった相手に「自分は元気ですよ」とアピールしても惨めな気持ちになるだけじゃないかと。


 隣の車両から彼のうつむく横顔を見つめて、涙が零れそうになる彼女。それは彼女の元彼に対する恨み辛みではなく「自責の念」じゃないのでしょうか。彼の想いに気付かず「愛されてない」と勘違いして彼女から切り出して別れたのではないかと。

 「それぞれに待つ人のもとへ…」という部分やラストの「ありふれたが…」から、それぞれ今の家庭や恋人があり、ありふれた=平凡だが穏やかな日常を過ごしているのではないかと思うのです。

 そして私が導き出した答えは①の「彼が愛していた女性は私だけだった。」です。そう考えると曲全体に漂う雰囲気が「悲しさ」ではなく「切なさ」なのが納得できます。


 元祖の中森明菜バージョンでは「切なさ」より「悲しさ」が全面に伝わってきます。どうしても②の「愛していたのは私のほうだけだった」にしか聴こえないのです。

 竹内まりやがセルフカバーした理由…プロデューサーの山下達郎氏が明菜バージョンに激怒したという説がありますが、もしかしたら、この「切なさ」を「悲しさ」に代えてしまったアレンジや歌唱法じゃないのかと思います。

 作者の竹内まりやの意図を別解釈してしまった結果じゃないかと。

 手前味噌ですが、まりやバージョンが①で、明菜バージョンが②なのかもしれません。





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tag:   竹内まりや  二年  ラッシュ      自責の念  山下達郎 
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