3次元で歌詞を読む

曲の歌詞の持つ意味を自己流で深読みして解釈しています。


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HERO 


 

HERO

 HERO 歌手:Mr.Children 作詞:桜井和寿

 歌詞はこちらで。

 Mr.Children、24枚目のシングルとして2002年12月にリリース。ボーカルの桜井氏が小脳梗塞で休養してからの復帰作です。

 同じ「HERO」というタイトルの曲は、甲斐バンドや麻倉未稀の作品に中にもあります。それらが「ヒーローになるチャンスを逃すな」や「燃え上がってヒーローになれ」のように、自らを鼓舞するポジティブシンキングな曲なのに対し、この曲は冒頭に自分がヒーローとは程遠い存在であるというところから始まります。


 例えば誰か一人の命と 引き換えに世界を救えるとして

 僕は誰かが名乗り出るのを 待っているだけの男だ


 一般人の意識はほとんどこの通りだと思います。だから「アルマゲドン」のように、地球の為に自らの命を差し出すという話がヒーロー映画として成り立つのですよね。

 愛すべきたくさんの人達が 僕を臆病者に変えてしまったんだ

 命をかけるとはまでは行かなくても、普段の生活の中で試されるちょっとした勇気。横暴な上司に意見したり、電車でお年寄りに席を譲らない若者に注意する等、その後の家族にかかる災難や報復を恐れて躊躇してしまいます。

 正に、等身大の「小市民」を表した歌詞です。そんな小市民の男でも絶対に譲れないものがあります。

 でもヒーローになりたい ただ一人 君にとっての

 万人に憧れ、尊敬されなくても、たった一人の愛する人にとってはヒーローでいたいのです。

 たいした事はできないかもしれないけど、あなたがつまづいたり、転んだ時には、そっと手を差し伸べる存在でありたい・・・。

 普段は愛する人に無様な姿を見られているかもしれない。だから、大それたことはできなくても、自分自身が少しでも変わって、あなたに出来る事はやってあげたいという願望なのでしょう。


 この歌の中の愛する人とは一体誰でしょう?恋人なのか、妻なのか。私はもしかしたら子供の事じゃないかと思うのです。

 2コーラス目のBメロ。

 僕の手を握る少し小さな手

 これだけでは、恋人の手なのか、子供の手なのかは断定できませんが、続くサビに人生をフルコースに例える部分があります。

 幾つものスパイスが 誰にも用意されていて

 時には苦かったり 渋く思う事もあるだろう。

 誰の人生にでも、色々な試練が用意されていて、時には苦しかったり、辛かったりする事もあるんだよと、子供に教えてあげているように感じるのです。

 最後のデザートを笑って食べる 君の側に僕は居たい

 試練を乗り越えて、君が夢を叶えた時に、パパは近くでそっと見守って居てあげたいんだよという解釈もできます。


 そして、十分な経験を積んで大人になった(であろう)男は、今の暮らしが悲しくも無く、切なくも無く繰り返される事に喜びを感じます。

 悲しくはない 切なさもない ただこうして繰り返されてきたことが

 そうこうして繰り返していくことが 嬉しい 愛しい

 前述のように、桜井和寿氏は小脳梗塞という大病から復帰後にこの曲をリリースしています。

 休養前にすでに曲は完成していたので、考え過ぎかもしれませんが、その桜井氏の状況と歌詞のこの部分が妙にリンクして聴こえてしまうのです。

 人間は病気をして初めて普通に過ごせる事のありがたさが解るといいます。たとえ、臆病者でもみっともなくても、普通に生活出来て、愛する人の為に一生懸命になれれば、誰でも英雄(ヒーロー)なのかもしれません。


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category: 00年代前半

thread: 歌詞 - janre: 音楽

tag: HERO  Mr.Children  桜井和寿  ヒーロー  臆病者  フルコース  デザート 
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