3次元で歌詞を読む

曲の歌詞の持つ意味を自己流で深読みして解釈しています。


飛んでイスタンブール 


 

 飛んでイスタンブール 歌手:庄野真代 作詞:ちあき哲也

 歌詞はこちらで。

 1978年4月リリース、庄野真代5枚目のシングル。オリコンチャートのトップ10入りをし、庄野真代の最大のヒット曲になりました。

飛んでイスタンブール



 この曲に関しては様々な解釈があります。地名がタイトルや歌詞の中に入ってる事から、恋に破れた女性のセンチメンタル・ジャーニーを謳ったものだというものや、実際のイスタンブールには砂漠は無いので、いわゆる『無国籍ソング』という言われ方もしています。久保田早紀の『異邦人』も同じカテゴリーで括られる事が多いですね。

 しかしよくよく歌詞を読んでみると、主人公の女性のセンチメンタル・ジャーニー説に対して「んんっ?」と疑問が出て来るのです。傷心の女性の姿を描いたものというのに異論は無いのですが、果たしてそれは恋に破れたからでしょうか。

 女性は相手への想いを“ジタンの空箱をひねる捨てるように諦めきれる”と言っています。更に自分に言い聞かせるように“恨まないのがルール”とも。つまりこの男女はお互いに割り切った一夜限りの関係だったのではないでしょうか。彼女にとってこの関係は、タバコの空箱を捨てるくらいに簡単に終わらせるものだったのです。

 そんな彼女のドライな感情を裏付けるフレーズが、2番に出てくる“出会ったことも 蜃気楼 真昼の夢”“どうせフェアリー・テール(おとぎ話)”だと思います。

 だからこの曲は、恋に破れた女性の傷心旅行ではなく、恋多き女の奔放な姿を描いたものではないでしょうか。そうなると、曲の最後にあるフレーズ“夜だけの パラダイス”は彼女が求める一夜限りの快楽を表したもののように思えてきます。

 この曲が書かれたのが70年代後半。今と比べて、恋に自由奔放な女性に対する世間の理解は低かったと思います。作者は生々しい内容になってしまうのを避ける為に、イスタンブールという地名を入れ『無国籍ソング』化する事でオブラートに包んだのではないでしょうか。

 ここまで深読みして見て、もう一歩深読みしてみると(笑)、この女性は本当にセンチメンタル・ジャーニーでイスタンブールを訪れたのかもしれません。でも彼女の傷心は恋に破れたのではなく、一夜限りの恋を続ける自分に虚しさを感じてのものではないでしょうか。自由奔放な自分、それを客観的に見つめる自分。イスタンブールに無い筈の砂漠は、彼女の心の中の乾いた部分を表現しているのかもしれません。



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