3次元で歌詞を読む

曲の歌詞の持つ意味を自己流で深読みして解釈しています。


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てぃーんずぶるーす 


 

 てぃーんずぶるーす 歌手:原田真二 作詞:松本隆

 歌詞はこちらで。

てぃーんずぶるーす

 1977年10月にリリースされた原田真二のデビューシングル。フォーライフレコードの新人オーディションで、吉田拓郎に見いだされた彼は、この曲も含め「キャンディ」「シャドーボクサー」の3曲を1ヶ月毎にリリースする「トリプルデビュー」で颯爽と登場しました。

 作詞:松本隆、アレンジ:鈴木茂、プロデュース:吉田拓郎という70年代を代表するミュージシャン達が、80年代への橋渡しとして原田真二を送り出したという感じでしょうか。

 ポール・マッカートニーやエルトン・ジョンを彷彿させる洋楽っぽいメロディー、ベビーフェイス、ハイトーンのボーカル等、新しい時代を予感させるミュージシャンでした。

 元々この曲は原田真二自身がデビュー前に書いた社会派のメッセージ色が強い詞があったそうです。しかし、商業ベースに乗りにくいだろうという事で、松本隆の詞を採用したという経緯があります。

 10代の若者の繊細な心情を綴った歌詞になっています。

 「ブルース」とは昔のアメリカで奴隷として作業していた黒人たちが歌っていた歌で、「ブルー」な気持ちを歌ったものの総称です。

 そのように重い背景とまでは行かなくとも、10代の淡く、悲しい気持ちを表すために平仮名で「ぶるーす」と表したのでしょう。


 駅に走る道はで 川のように僕のズックはびしょぬれ

 ぬれた踏切から見たよ 汽車の窓に流れる君を探して

 の中を駅へ走る主人公の少年。そして、彼の目の前の踏み切りを通過する汽車。その窓に恋人の姿を探します。

 恋人は街を離れる為に汽車に乗っていたのでしょう。少年はそれを引き留めようと駅へ向かったのに間に合わなかったのです。


 冷たいレールに耳あてれば ふたりの秋が遠ざかる 泣いてる君はぶるーす

 汽車が通過した余韻を確認するかのように、レールに耳をあてる少年。恐らく季節は冬に入る頃なのでしょうか。そして汽車と共に遠ざかる二人で過ごした秋の思い出。


 
 2コーラス目で恋人が街を離れた理由が明かされます。

 みんな軽々しく愛を口にしても 君は違うと信じた

 なのに君は僕の手より 座り心地のいい倖せ選んだ

 少年にはきっと理想があったのでしょう。愛は軽々しく口にするものではないと。でも恋人にはそれが理解できなかった。ちゃんと「好き」という感情を言葉に出してほしかったのかもしれません。

 すれ違ってしまっていた二人の心。そんな時に恋人の前に新しい存在が出現したのでしょうか。それが異性だったのか、仕事だったのかは分かりませんが、彼女は街を出る事を決意したのです。


 都会が君を変えてしまう 造花のように美しく 渇いた君はぶるーす

 「自分の元を離れた恋人は変わってしまうだろう。それも見た目は美しくても、心が無い渇いた造花のように」 少年はそう思っています。今の彼は恋人の取った行動が間違いであると信じて疑わないのかもしれません。


 誰も知っちゃないさ 若さ それがこんな傷つきやすいものだと それがこんな壊れやすいものだと

 自分の信念を彼女に理解させられなかった「若さ」、自分の気持ちを分からないまま街を飛び出した彼女の「若さ」、すれ違いを修復できなかった二人の「若さ」。すべては未熟で壊れやすい、ガラス細工のようなものなのです。


 僕は愛に背中向ける 伏せ目がちのジェームス・ディーンまねながら

 それが僕のぶるーす

 ジェームス・ディーンは「若さ」「未熟さ」「繊細さ」を象徴するような俳優だと思います。ここで彼の名前を出す事で、少年の今の心情を分かりやすく聴き手に伝えています。

 それからジェームス・ディーンには「反体制的」というイメージもあります。元々、メッセージ色の強い歌詞を書いていた原田真二への松本隆の気遣いなのかもしれません。



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category: 70年代後半

thread: 歌詞 - janre: 音楽

tag: てぃーんずぶるーす  原田真二  松本隆  吉田拓郎  踏切    ジェームス・ディーン 
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