3次元で歌詞を読む

曲の歌詞の持つ意味を自己流で深読みして解釈しています。


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ポップコーンをほおばって 


 

 ポップコーンをほおばって 歌手:甲斐バンド 作詞:甲斐よしひろ

 歌詞はこちらで。

 1975年10月、甲斐バンド3枚目のシングル「かりそめのスウィング」のカップリング曲。ライブでは必ず演奏された16ビートのカッコいい人気曲でした。

ポップコーンをほおばって

 甲斐よしひろデカダンスな香りがするミュージシャンだと、昔誰かが言ってた記憶があります。

 当時はなんとも難しい表現にさっぱり意味が解らなかったのですが、後に調べみると、デカダンスとは既成のキリスト教的価値観に懐疑的な退廃的芸術的一派の事らしいです。

 言われてみればこの歌の主人公は、教会の鐘を聞きながらポップコーンをほおばる神をも恐れる行為をしているのですね(笑)でも、ただの礼儀知らずではなく、恋人との悲しい過去が彼を退廃的にな気持ちにさせたのです。

 ここまでは以前の私自身のこの歌の解釈でした。

 そこで何故ポップコーンなのかが、ずっと引っかかっていました。ポテトチップスやポッキーではダメなのだろうかと。現代ならばじゃがりこも(笑)

 で、導き出した答え。


 この歌の舞台は映画館かもしれないと。映画といえばポップコーン!

 フランス映画(恐らく宗教やデカダンスをテーマにした映画)を観ている主人公。その時なにかの拍子で、二十歳の頃に別れた恋人の事を思い出したのではないでしょうか。

 映画を見るならフランス映画さ 若かった頃の君と僕の想い出話は

 君が手を振りきった二十歳の時 埋もれ陽の道に すべては消え失せた


 想い出話すらできない程、二十歳の日を境にスパッと消えた恋人との記憶。フランス映画のシーンがそれを不意に思い出させたのです。


 僕等は飛べない鳥じゃなかったはず 翼を広げたら きっと飛べたんだ

 僕等は飛べない鳥じゃなかったはず 君は翼がある事を知って 恐かったんでしょう


 一歩踏み出そうとした彼。いや、その時の彼は踏み出す勇気がある事すら気づいてなかったのかも知れません。そして踏み出すのが怖かった彼女。結果的に二人ともその先に進めませんでした。


 大都会 そんな痛み傷ついた街に ほんとの君は なぜ死んでしまったの

 踏み出す勇気もなく、金縛り状態の彼女は大都会の渦の中に飲み込まれて本当の自分を失ってしまったのでした。


 そして二人の別れのシーン。

 君の最後の言葉をおとしていく バスを追っかけて 追っかけて

 僕の青い声は いつのまにか こんなにこんなに 涸れてしまった


 「裏切りの街角」の中にも駅のホームでの別れのシーンがありますが、甲斐氏の交通機関を使う別れの描写は胸に刺さるものがあります。

 走り去るバスからこぼれ落ちる彼女の最後の言葉。それを受け止める事ができずに追いかける主人公。声の青さはまだ人間的に未熟である事の象徴でしょう。彼女にその思いは届く事なくバスは去ってしまったのです。


 教会の鐘が聞こえるかい 天使讃美歌が聞こえるかい

 悲しい君と僕のさようならは 色褪せた午後に終わってしまった


 バス停のそばに教会があったのでしょうか。その時、主人公の耳に鐘の音と讃美歌が聞こえていたのです。悲しい別れのシーンとこれらの音は主人公の中でワンセットになり、そして無意識のうちに消去されていったのでしょう。


 冒頭に戻り、フランス映画を見る主人公。スクリーンに出てくる教会の風景に昔の記憶が甦ってきました。


 ポップコーンをほおばって ポップコーンをほおばって 天使達の声に耳を傾けている

 だからと言って、今の主人公が何をするわけでもなく、手元のポップコーンをほおばりながらそのシーンを眺めるだけなのです。退廃的な気分のままで。



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tag: ポップコーンをほおばって  甲斐バンド  甲斐よしひろ  フランス映画  教会  デカダンス  バス  天使  讃美歌 
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