3次元で歌詞を読む

曲の歌詞の持つ意味を自己流で深読みして解釈しています。


スポンサーサイト 


 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

category: スポンサー広告

tb: --   cm: --

△top

関連コンテンツ

 

△top

僕にまかせてください 


 

 僕にまかせてください 歌手:クラフト 作詞:さだまさし

 歌詞はこちらで。

 1975年4月リリース、クラフトのセカンドシングル。日本テレビ系ドラマ「ほおずきの唄」の主題歌。作詞・作曲は当時グレープのメンバーだったさだまさし。後にグレープもセルフカバーしています。

僕にまかせてください

 結婚を間近に控えた男女が、女性の亡き母の墓前に報告をするシーンを描いた歌です。お母さんが故人であるにしても、結婚するのはおめでたく嬉しい事。それなのにこの曲全体からは幸せ感よりも、切なさ感のほうが強く伝わってきます。悲しげなメロディーのせいでしょうか。それだけではないような気がします。

 その事をずっと疑問に感じていました。最近、この曲がUPされている動画サイトのコメント欄に「お父さんは?」という若干ツッコミっぽい意見が投稿されていました。言われてみれはこの曲の中にお父さんは登場しません。何故だろうと考えて歌詞を読んでいくとある背景が見えてきました。

 キーになるフレーズがいくつかあります。

 まずは1番のBメロ “きみのかあさんが眠っている ささやかな石のまわり”

 なぜここで「墓石」という言葉を使わずに「石」と言っているのでしょう。恐らく「墓石」と呼ぶには粗末なものなのかもしれません。先祖代々の墓ではなく、そこに眠っているのは彼女のお母さん一人。お母さんは実家から縁を切られた存在なのではないでしょうか。母一人、子一人の家庭で、お母さんは亡くなり、残された彼女が作ったお墓。経済的な理由から質素なお墓だったのかもしれません。

 では、何故お母さんは実家から離縁され、彼女と母一人、子一人だったのでしょう。考えられるのは、彼女のお父さんは妻子ある男で、お母さんは愛人だった。そして彼女を身ごもり、実家の親から産む事を反対された。しかし周りの反対を押し切り、お母さんはひとりで彼女を産んで育てたのではないでしょうか。

 それを表しているのが2番のBメロ。

 “そして僕が大切にしてる 陽だまりのような人

 それもそっと きみのかあさんが 残してくれたもの”


 実家の両親や、もしかしたらお父さんであるはずの男からも産むのを反対され、中絶を強要されたのかもしれません。お母さんはそれらに屈する事なく、彼女の命を育んで残してくれたのです。


  “集めた落ち葉に火をつけて きみはぽつりとありがとう”

 2番と繰り返しサビのフレーズです。この彼女の「ありがとう」には色々な意味が含まれていると思います。

 私を選んでくれてありがとう。お母さんのお墓参りに来てくれてありがとう。そしてなにより、複雑な過去や生い立ちを理解して、それらを含めて愛してくれる彼の包容力に対しての「ありがとう」ではないでしょうか。


 作者のさだまさしは当初この曲のタイトルを「彼岸過迄」(ひがんすぎまで)にしていたそうです。しかしそれだとイメージが暗すぎるとディレクターに指摘されて「僕にまかせてください」に変更したといいます。もし、私の解釈が当たっているなら、曲自体が重いドラマを含んでいるので、せめてタイトルだけは少しでも明るいものにという意向があったのかもしれませんね。



ランキング参加中。ポチっとお願いします。

人気ブログランキングへ
ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

category: 70年代後半

thread: 歌詞 - janre: 音楽

tag: 僕にまかせてください  クラフト  さだまさし   
tb: --   cm: --

△top

関連コンテンツ

 

△top

九月の雨 


 

 九月の雨 歌手:太田裕美 作詞:松本隆

 歌詞はこちらで。

 1977年9月リリース、太田裕美9枚目のシングル。彼女にとって「木綿のハンカチーフ」「赤いハイヒール」に次ぐ3番目のヒット曲。また2015年時点で、オリコントップ10入り最後の曲です。

九月の雨


 舞台となっているのはタクシーの中。恋人の元へ向かう為に後部座席に座っている女性の心の移り変わりを描いた歌詞だと解釈できます。


くちびる噛みしめタクシーの中で あなたの住所をポツリと告げた

 1番のBメロのフレーズです。彼女は運転手に行先として恋人の住所を告げていますが、それは噛みしめた唇からやっと出た言葉のようです。という事は彼女は恋人の元へ向かう事を躊躇していたのではないでしょうか。これから目にするであろう現実を避けたいという気持ちがあったのかもしれません。

 その現実とは、2番のBメロに記されています。

さっきの電話であなたの肩の 近くで笑った女(ひと)は誰なの?

 これを確かめる為に彼女は恋人の元へ向かうのです。「確かめたいけど、現実を突き付けられたくない。彼の事を信じたい、でも本当はどうなのだろうetc.」 雨が降る中で彼女には色々な思いが次から次へと湧いてきたのでしょう。そしてようやく決意して停めたタクシー。乗り込んだ彼女は心も体も雨に打たれてずぶ濡れだったと思います。

September rain 九月の雨は冷たくて

September rain 想い出にさえ染みている

 タクシーに乗り込んだ時点での彼女の心境です。心にも体にも打ち付ける雨は彼女に冷たかったのです。それが2番になると少しニュアンスが変わります。

September rain 九月の雨の静けさが

September rain 髪のしずくをふるわせる


 1番で「冷たい」といっていた雨が、2番では「静けさ」が強調されています。これは彼女がタクシーの中から見た風景“雨に濡れた公園の椅子”が関係してると思います。椅子は彼女にとって彼との思い出の象徴。それにベールを掛けるようにしっとりと濡らす雨。彼女は思い出が遠ざかるような「無」に近い静けさを感じたのではないでしょうか。

 そして、1番、2番でざわついていた彼女の心が3番になると別の顔を見せるのです。

季節に褪せない心があれば 人ってどんなに倖福(しあわせ)かしら


 電話の向こうで別の女性と一緒にいるかもしれない彼。その事実なのか勘違いなのかを確認する為にタクシーに乗った彼女。でも、このフレーズからは諦めたような気持ちが見え隠れします。彼が時間の経過で心変わりしてしまった事を認めてしまっているのです。雨に対するニュアンスにも変化が。

September rain 九月の雨は優しくて

September rain 涙も洗い流すのね

 今度は「優しくて」と表現しています。最初は現実を突きつけてくる「冷たい」存在だったのが、自分に冷静な心を取りもどさせる「静か」な空間を作る存在に。そしてここでは立ち直るきっかけを作ってくれるかもしれない「優しい」存在に変わっています。

 そして前向きなフレーズが続きます。

愛が昨日を消して行くなら 私明日に歩いてくだけ


 私の想像ですが、彼女は結局、ここでタクシーを降りたのではないでしょうか。雨に濡れながら歩く様子が目に浮かびます。彼女が向かうのは彼の元ではなく、明日なのです。そのシーンを想像させるのがラストのフレーズです。

September rain 九月の雨は冷たくて

September rain 九月の雨は優しくて


 「冷たさ」「優しさ」は表裏一体。どちらの側面も持ち合わせている雨。どちらに感じるかは人間の気持ち次第なのでしょう。


 余談ですが、このようにまったく逆の意味を並べる手法、同じ松本隆作品、松田聖子の「小麦色のマーメイド」の中の“好きよ 嫌いよ”というフレーズでも使われています。人の心のうつろいやすさを表現する高度なテクニックだと思います。



ランキング参加中。ポチっとお願いします。

人気ブログランキングへ
ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

category: 70年代後半

thread: 歌詞 - janre: 音楽

tag: 九月の雨    太田裕美  松本隆 
tb: --   cm: --

△top

関連コンテンツ

 

△top

スポンサーリンク

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。